The scene

パクセー便り#2
「ラオス国母子保健統合サービス強化プロジェクト」
へ派遣中の建野技術顧問からのお便り

 

パクセーはラオスで2番目に大きな街で、チャンパサック県の県庁所在地。
プロジェクトの事務所は同県保健局・母子保健課内に置かれています。

複雑怪奇な統計データ



私がチーフアドバイザーを務めている「母子保健統合サービス強化プロジェクト」は、ラオス南部4県(チャンパサック、サラワン、セコン、アタプー)の母子保健サービスの受療率が向上することを目的としています。この目的を達成するために、(1)県保健局の事業管理能力の強化、(2)総合母子保健サービスに係る関係者の研修、(3)住民への啓蒙活動を行っています。

母子保健サービスの受療率の中には、産前健診受診率、施設分娩率、乳児健診率、各種予防接種の接種率などが含まれており、各県ではモニタリング時にこれらの項目をこまめにチェックして(プロジェクトではこのモニタリング作業が保健システムの一部として機能するように指導を繰り返しています)、データとして取りまとめています。データの多くは、ヘルスセンターや郡病院等のスタッフが作成したものです。スタッフは、縦割りプロジェクトが独自に作成したさまざまなフォームを埋めるのに多くの時間を費やし、業務の妨げになっている、と多くの職場で不評です。世界では多くの国が、こうした報告事項記載の簡略化や統一化に取り組み始めており、ここラオスの南部4県でも例外ではありません。

ヘルスセンターで作られたデータは、郡の保健局でまとめられ、県レベルに報告されます。県はこのデータをまとめ、中央の保健省に文書で提出していますが、その後、これらのデータがどうなっているのかに関しては不明(特に保健省以外の者には)です。中央では、各県から報告されたデータをもとに、国のさまざまな保健関連統計を毎年まとめていることになっていますが、情報システムのデジタル化は進んでいません。

現場の専門家からよく聞くことですが、中央レベルの保健省が国際機関等の協力を得て発表される国の保健関連統計データと、現場で得られるデータとの間に乖離がみられています。ヘルスセンターや郡病院等の末端レベルから上がってくるデータの精度の悪さがその原因とされがちです(特に、現場を知らないものにこの傾向が強いと感じます)。確かにそのことが大きな要因になっていることは間違いありませんが、そもそも中央のデータが、ヘルスセンターや郡病院等から報告されたデータをもとに作成されたものであるかどうかに疑問があります。

多くの途上国の統計データは、推定値であることが多く、ある基準年のデータをもとに推定した値をもとにして、さまざまな評価・比較がなされています。また、多くの途上国では、人口や出生数といった、より大きな枠組みのデータの信頼性も低いです。戸籍制度ができていないラオス国では、出生届を村長さんに提出することを建前としていますが、予防接種時や小学校入学時に出生登録が済んでいるかどうかが確認されることはあまり無く、届け出の必要性に対する認識も低いです。また、届け出をしたとしても、村長さんが郡、県にきちんと報告しているのかも定かではありません。

このように、現場はもとよりのこと、現場を統括すべき中央においても問題や困難を抱えた上で作り上げられたデータであることを認識しながら、我々は介入を計画し、実施し、評価すべきと考え、取り組んでいます。

十数年前の昔の話ですが、ブラジルの中では開発の遅れた東北ブラジルで、公衆衛生プロジェクト (*1) を実施し、乳児死亡率の改善に取り組んだことがあります。当時ブラジル保健省が展開していた統一保健医療システム(Sistema Unico de Saude: SUS)(*2) に参加する形で州政府が掲げる乳児死亡率改善プロジェクト(Projeto de Salva Vidas) (*3)に参加し、さまざまな対策を実施しました。

情報システムの整備も一つの支援分野であり、コンピューターを投入し、統計手法の教育、聞き取り調査、埋葬手続きの無料化、報告システムの導入等に取り組みました。乳児死亡率対策が進み、情報システムが整備されるにつれて、パイロット県の成果は大きく3つに分かれました。非常に改善が見られたところ、変化がみられなかったところ、悪くなったところです。介入以前にある程度の情報システムができているところでは、さまざまな対策の効果が現れ、乳児死亡率の改善をみることができましたが、情報システムができていなかった県では、介入効果により子どもの死亡例を見つけ、報告できるようになったので、システムが整備されるにつれて乳児死亡率は悪くなったという訳です。

これには、後日談があり、真実に近いデータを出せるようになったペルナンブコ州の担当者は、中央政府よりお叱りを受けたとぼやいていました。東北ブラジル9州の中で、ペルナンブコ州の乳児死亡率は改善が見られないということで指導を受けた訳です。我々、第三者の目から見ると、周辺の州の情報システムは一部を除いてはひどいものであり、到底真の値を示しているとは思えません。あくまでも推定値であり、ある時点で定められた値に修正・変更を加えたものにすぎません。もし、中央政府の役人が、ペルナンブコ州が取り組んだプロセスや周辺州の現実を知っていたら、このようなことは起らなかったと思います。いずこの国でも、「現場」を知らない人が多いことを忘れてはなりません。

情報システムの話のついでに、中国における状況を知ることも何かの参考になると思いますので、私が実際体験したことを伝えます。中国で「ワクチン予防可能感染症のサーベイランス及びコントロールプロジェクト」 (*4) に参加したとき、パイロット省から報告される予防接種拡大計画(Expanded Program on Immunization: EPI)の接種率は90%以上で、新しい感染者が出る確率は低い状況でした。また、中国は情報システムもある程度できており、中央政府も結構力をいれています。そのような中で、95%の接種率を誇る地域で麻疹の流行がときどき見られ、「なぜ?」という疑問は拭えませんでした。ある程度現場の人たちと親しくなり、「裏」を覗けるようになったとき、公的に報告されるデータと真実のデータとは異なることが分かり、患者が発生することが理解できました。

中国では、中央政府より「到達目標」が指示され、これを達成することは必須となっています。最近、GDP等の経済統計でもその信頼性に疑問が投げかけられていますが、少なくとも保健医療の分野では昔から公的データと真実は異なっていた訳です。このことは、関係者間では、当然のこととして了承されていたようで、「知らぬは我々だけ」状況であるとの印象をもちました。

以上、ラオス、ブラジル、中国の例からわかるように、「データ」というものは複雑怪奇で、どのように信頼したらいいのか、対応したらいいのか非常に難しいものがあります。多くの開発プロジェクトでは、モニタリング・評価を重視し、さまざまな「指標」を設定しています。ミレニアム開発目標(Millennium Development Goals: MDGs)でも、到達目標を掲げ、その達成に各国は努力しています。これらの努力を評価しないわけではありませんが、目指している目標値の信頼性を考えるとき、現状では他に信ずべき「値」が無いことは重々承知しているのですが、一抹の不安を感じます。中央の人びとや国際機関の人たちは、到達目標への軌道を進んでいると教えてくれます。しかしながら、現場で悪戦苦闘している者からみると、「本当?」と疑問の声をあげざるを得ません。

ラオスの人たち、特に我々のC/P達は、このような現状をどのように受け止めているのでしょうか。中央と現場との乖離にどのように取り組もうとしているのでしょうか。このことは、我々ドナー、協力者にも求められていることだと思います。最後に、ある会合の雑談の席で、中央の高官に対し、「現場で働く専門家は、中央と現場のデータの違いに戸惑っている。なぜデータがこれ程違うの?」と質問した時に、私の顔を見てニコッと笑い、ノーコメントであったのが非常に印象的でした。


*1 東北ブラジル公衆衛生プロジェクト:パイロット地域での活動を通して、ペルナンブコ州におけるSUS (統一保健医療システム)事業が促進されることを目的に、ペルナンブコ連邦大学、ペルナンブコ州衛生部をカウンターパートにプロジェクトは展開した。ペルナンブコ大学に、学際的なセンターを設立し、「大学」と「地域」とを結ぶ拠点となった。本センターは、プロジェクト終了後に、公衆衛生センターから社会開発センターと名前を変え、大学の付属機関として機能している。数年後に始まった「健康なまちづくり」プロジェクトのC/Pであり、ブラジルのヘルスプロモーション活動の中心的組織になっている。
*2 統一保健医療システム:ブラジル政府は1988年に制定された新憲法で,「健康は国民の権利であり国の義務である」とし,統一保健医療システムと呼ばれる新体制を設置しました。本制度では、(1)地方分権化により基本的な保健医療サービスの権限を州から市に移譲する、(2)保健政策の実施・管理に住民参加を取り入れる、(3)予防接種プログラム、妊産婦検診、家族計画、歯科診療などすべての基本的な保健医療サービスを完備する、(4)全国民を受益者とする、(5)同等のサービスを公平に与える、(6)基本的な保健医療サービスは無償とする,という6つの原則を掲げている。
*3 乳児死亡率改善プロジェクト:東北ブラジルのペルナンブコ州保健局が掲げたスローガン(プロジェクト)で、4年間で乳児死亡率を30%改善することを謳っていた。40の県をパイロット地域とし、公衆衛生プロジェクトでは、このうちのいくつかを担当した。
*4 ワクチン予防可能感染症のサーベイランス及びコントロールプロジェクト:本プロジェクトは、中国中西部の5省(江西省、四川省、甘粛省、寧夏回族自治区、新疆ウイグル自治区)を対象として、(1)臨床診断・実験室診断を含むサーベイランス水準の向上、並びに(2)予防接種事業の改善によって、ポリオフリーの維持及び麻疹、B型肝炎、日本脳炎の発生率低減を図り、子どもの健康を改善することを目的として実施された。プロジェクト後半には、EPIと母子保健、学校保健との連携に取り組んだ。



(建野/㈱ティーエーネットワーキング)
2013.10.30